~プロローグ~
成瀬のなるちゃんに初めて会った時、彼女は「成瀬を横浜線の観光地にしたいんです。」と言った。
僕は飲んでいたグラスを置いて目を見開いた。
この、成瀬を?観光地に? そんな事出来るわけがない。そもそも利便性の良さ以外に魅力なんてないだろう。
その日、僕は仕事の帰りに成瀬駅近くの飲食店にふらりと入り彼女に会った。
仕事に疲れ、なんとなく入った店でなんとなく選んだ物をモソモソと食べていた。
そこに元気な挨拶をしながら飛び込んできたのが彼女だった。
店主はなるちゃんと既に顔見知りのようで今日は何がお勧めだよ、などと会話が弾んでいた。
なんだ、常連か。いいな、居場所があるって。と僕は思った。
料理が運ばれると彼女はいただきますと手を合わせて美味しそうに食べ始めた。
それはそれは美味しそうに食べるので驚いて目が離せなくなってしまった。
周りの客からも「俺にもそれちょうだい」等と注文が入った。
ペロリと食べて次の料理を選ぶときに彼女がブツブツつぶやき始めた。
「どの料理も美味しいけれど、はじめて食べる人にお勧めしたい料理ってなんだろう?」
「写真にインパクトがある方がいいかな、いや、やっぱり味だな」
そこで僕は勇気を出して聞いてみた。何となく彼女には話しかけやすいオーラを感じた。
「美味しそうに食べますね。お仕事ですか?」
彼女は話しかけられても驚く様子もなく僕の方を見るとニコッと笑い
「いえ、趣味なんです。成瀬の美味しいお店や素敵なスポットを紹介するのが。成瀬を横浜線の観光地にしたいんです。」と言った。
客の何人かは耳を澄ましていた。
僕は飲んでいたグラスを置いて目を見開いた。そして吹き出した。
この地味で何もない成瀬を?のどかなだけで観光地になるような魅力なんて何もないのに。
しかしなるちゃんは僕の気持ちを見透かしたように笑って言った。
「あはは!そうなんですよ!変な事を言うなと思ったでしょう?そういう反応をする人が多いんです。でも大丈夫、成瀬の面白いスポットを私が教えてあげましょう!」
なるちゃんは身振り手振りを加えて成瀬の面白い話をたくさんしてくれた。
美味しい店もたくさん教えてくれた。僕もお客も大笑いしていつの間にか、すっかり楽しくなってしまった。
気付けば食事も進み、皆とても良い気持ちになった、なるちゃんはいつの間にかいなくなっていた。
帰る頃には僕には行きつけの店が出来た。彼女をきっかけに、居場所が出来た。
そして成瀬が大好きになっていた。良い街だと思っていたがそういう気持ちとは違う。
成瀬をもっと楽しみたい。色んな人と繋がってみたい。次はどの店に行こうかな。
毎日がもっと楽しくなるような期待と希望に満ちた素敵な気持ちだった。
こうして僕は成瀬のなるちゃんを応援することにした。
彼女はこれからホームページを作っていくそうだ。
成瀬の街を住みやすくする為にしたい事がいくつかあるようだ。
たくさんの人が彼女を応援している。僕もその一人でありたい。